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徳島と森六をつなぐ森六連の阿波おどり

森六の始まりの地である阿波(徳島県)で400年続く「阿波おどり」。毎年お盆の時期に開催される「徳島市阿波おどり」の観光入込客は100万人を超え、日本三大盆祭りとしても有名です。祭りの主役である踊り手の団体は「連」と呼ばれ、森六も60年ほど前に「森六連」を結成。以降、毎年130名規模で参加しています。

藍商人が広げた阿波おどり400年の歴史

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃそんそん」――これは、阿波おどりの有名なかけ声のひとつです。かけ声のとおり多くの庶民が踊りを楽しみ、現在に至るまで広く愛されている阿波おどりは、江戸時代に徳島城下で踊られた盆踊りに端を発します。

民衆の熱狂が一揆につながることを懸念した徳島藩から何度も禁止令が出されましたが、阿波の人々にしっかりと息づいている阿波おどりを絶やすことはできませんでした。続く文化?文政期には、徳島の特産品「阿波藍」が全国を席捲し、城下が活気づいたことで踊りの参加者は急増しました。そして、全国各地を飛び回った藍商人たちは、各地のさまざまな民謡や踊りの要素を阿波に持ち帰りました。そうして阿波おどりはさまざまな文化を貪欲に吸収し、庶民のパワーに支えられながら徳島の伝統芸能として定着したのです。

阿波藍を祖業とする森六も、1960年に阿波おどりの参加団体である「連」を結成しました。初期の森六連は、当時40~50人の社員が在籍していた四国支店から参加者をつのり、踊り手だけでなく「鳴りもの」と呼ばれる三味線や太鼓などの楽器隊もすべて社員とその家族で担っていました。四国支店の規模は当時より縮小したものの、現在に至るまで毎年徳島市が開催する阿波おどりに参加し続けています。

団扇を使ってダイナミックに踊る「男踊り」気品たっぷりに女性のみで踊る「女踊り」と対照的に、「男踊り」は豪快で躍動感あふれる乱舞で踊られます。団扇をひるがえしながら華やかな動きで踊る姿は迫力満点です。

写真:団扇を使ってダイナミックに踊る「男踊り」

森六連から始まる地域交流

すっかり古参となった現在の森六連は、県内外の事業所や取引先からも参加者が増え、100名を超す規模となっています。となりの鳴門市から、熟練したパフォーマンス集団である「うずしお連」の方々に鳴りもので参加してもらうと、総勢130名程度。4列で並んで長さ50メートルになる大所帯です。祭りの当日には、昼過ぎに集合して踊り、夕方には徳島のまちを練り歩きながら踊り、夜には事務所に戻ってまた踊り???。そんな風景をひとめ見ようと、東京や大阪、名古屋など全国各地から社員が集まったり、海外のお客様を招待したりと、森六にとっても一大イベントとなっています。

また、約60年という長きにわたって参加し続けるなかで、地元企業と親睦を深めてきました。ビジネスパートナーとして、地元を盛り上げる同志として。阿波おどりは、地域での関係づくりにも大きく貢献しているのです。

創業350周年の記念着物1663年に創業した森六グループは、2013年に創業350周年を迎えました。それを記念して森六連で記念着物を作成。毎年そろいの着物で阿波おどりに参加しています。

写真:創業350周年の記念着物

森六も400年を越えて次の世代へ

いまや阿波おどりに参加する連は1000以上あり、森六連のように企業や職場の仲間が集まった連や、観光協会に登録されている連、学生を中心に構成される連など多種多様です。踊りの上手下手も、老いも若いも、住んでいる場所も国籍もそれぞれ違う。その何もかもを包みこんでしまう圧倒的なパワーが阿波おどりにはあるのです。

そして、時代とともに阿波おどりは変化を遂げています。踊りや鳴り物はより洗練され、開催地も徳島からとびだして全国各地や海外へと広がりました。歴史と伝統を大切にしながらも新たな可能性を探り、次の世代へと阿波おどりの魂を引き継いでいく――。森六も変革と挑戦を重ねながら、阿波おどりのように400年を越えて未来へと続いていきます。

徳島の阿波おどりに参加した様子(2018年8月)参加して60年の歴史が認められ、街中の通りのみならず、観覧席のある演舞場でも踊りを披露しています。

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